僕が言葉を綴る時、
心に広がる、言葉だけが在る世界に入って、一つ一つ、丁寧に選ぶ。
言葉を選ぶことは、その世界で、旅をすること。
一歩一歩、空気を踏みしめて、一つ一つの単語を探しに行く。
地上も天上もないの。
あるのはただ、今の自分が認識出来る「空間」とよばれるものだけ。
丁度、空の中に立ってるような感覚かな。
そこに、無数の文字や単語が浮かんでる。雲の代わりみたいだけど、並び方は不規則で、これにも上下・左右・奥域は一切関係ない。
その中から、今自分が必要としている言葉を探す。
ずーっとずっーと長い時間歩き続けて、やっと見つけた目の前に浮かんでいる単語を掴まえる。
歩いている間は、心を感じているんだ。
「どんな言葉が、どの言葉が、心を表してくれるだろう」って。
両腕一杯に単語たちを集めたら、一度、言葉の世界の入り口へ戻る。
そこに、抱えてきた子達を降ろして、また探しに行く。
それを繰り返して、文章を作るだけの単語が集まったら、
大きな袋に、壊れないようそっと詰め込んで、言葉の世界から心そのもの神殿に帰ってくる。
言葉の世界の扉を押し開けると、心の中心に建つ建物の一室に通じてるの。
灯りは見た目にはない。でも、ぼんやりと壁や床は見える空間。
見た感じ、何処かの国で見られそうな神殿なのね・・・。多分、無意識にそういうイメージが出来てるんだと思う。
戻ってきたらそのまま、文と文章を作る部屋に向う。
部屋に入ると扉を閉めて、背負ってきた袋の紐を解く。
言葉には魂があるから、袋から出ると、ふわふわと部屋の中を漂ってる。
結構狭いお部屋かな。中に大人が三人入ると、一杯一杯になりそうなくらい。
ふわふわしてる単語達は表現するために選んできた子達だから、きちんと整列してくれる。
指で軽く触れると一つずつの文になる。
あとは、其々の文に声をかけて、順番に並んでもらえば文章になる。
出来上がった文は、部屋の窓から、僕がつけた順に飛び立っていく。
そうやって、心の世界に、自分の言葉が、綴られた文章となって満ちるとき、
僕は言葉を「文字」にし、「声」に出すことが出来る。
つまり、ペンを執って文字を書き、声を使って相手に伝えることが出来るんだ。
手間はかかるけど、そうすることが僕の表現の準備。
この流れを怠ると、何の想いも籠らない「文字」と「声」しか出てこない。
下項の記事に続きがあります。
「憧れる暇があるなら見習え」
「どうせやるなら大胆に」
≪見習いたいひと≫
・及川光博
・野村萬斎
・ペ・ヨンジュン
・四代目猿之助